デス・オーバチュア
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リーヴ・ガルディアは今回の一件に完全に不干渉を決め込んでいた。 少し前に、機械仕掛けの人形達を連れて戻ってきたメディカルマスターに、ドールマスターこと彼女の師であるディアドラの存在を聞き、さらに関わり合いになりたくないという想いを強める。 あの人は、メディカルマスターのような単純な狂人じゃないだけに、なおさら質が悪いのだ。 「どうぞ」 舞姫が、招かれざる客人に紅茶を勧める。 漆黒の衣の骸骨が、紅茶のカップをゆっくりと口に近づけていった。 「……仮面ぐらい取ったらどうだ、殺戮鬼……?」 骸骨の漆黒の衣には青文字で『拾』と刻まれている。 拾とは十であり10……すなわちただの数字だ。 今ではどこの大陸でも使われていない古く難しい漢数字である。 「ん? それもそうだな」 骸骨は、右手を髑髏に当てると、ベリリと引き剥がす。 髑髏は本物ではなく仮面だった。 黒い長髪に黒曜石の瞳の淫靡な雰囲気の美貌が露わになる。 「貴様ら、三鬼神は普段はこんな悪趣味な格好していなかった……というのは私の記憶違いか?」 「まあね……でも、この格好も結構便利なんだぜ、仮面したまま飲食できるし、衣の方は完璧なステルス機能があってさ……」 「知っている……だが、そういう問題でもあるまい……」 大鎌でも持たせれば完璧に『死神』にしか見えなくなるあの装束は、ガルディア女皇に仕える最強の十三人の騎士(使徒)……ガルディア十三騎の正装の一つだった。 黒の正装、ガルディア十三騎が、ガルディア女皇の影に控える死神(最恐の存在)であることを示す衣装である。 「まあ、隠密行動には最適だな。着た者のあらゆる『力』を外に漏れないように遮断し、どんなレーダーやセンサーにも引っ掛からなくなる、可視光の調節で透明になることも可能……つまり、存在しているはずなのに、存在を誰にも関知できない存在になれるわけだ」 「おまけに冷暖房完備か?」 リーヴが嘲笑うような表情で言った。 「ああ、こんな異常気象の地でも、環境をオートでベストにしてくれる……瘴気や毒素に対してもフィルター機能があって本当便利だぜ」 「ふん、貴様にとっては余計な機能じゃないのか、瘴気カットは?」 「そう言えばそうだな、人間にとっての毒はオレ達にとっては御馳走だ」 骸骨改め、第十騎士殺戮鬼クヴェーラは紅茶を飲み干すと、おかわりを舞姫に要求する。 「で、そもそもなぜ、貴様は私の家でお茶を飲んでいる? いつも一緒な闘神と破壊魔はどうした?」 「破壊魔は女の尻を追いかけて、別の大陸……いや、異世界か? とにかく遠くに行っちまったよ。で、暇だったから闘神につき合ってホワイトくんだりまで来てみたんだが……魔王や魔皇なんかには地上でまでつき合いたくねえんだよ、あいつらは『殺しきれない』から面白くねえし……ああ、勝てないって意味じゃないぜ? 割に合わないって話さ」 「殺戮鬼なりの拘りか……?」 「オレはクライドみたいな戦鬼(せんき)と違って殺鬼(さっき)、あくまで戦いじゃなくて殺すのが好きなんだよ。殺せないモノに興味はない」 「……で、闘神の用が済むまで、私の所で暇潰し……とでも言うつもりか?」 「まあ、そんなところだな」 「……まあいい、好きにしろ。私はもう一眠りするから、騒ぐなよ」 出奔した第一皇女と、ガルディア十三騎……一応、追われる者と追う者といってもいい関係なのに馴れ合いが過ぎる気がしたが、もうリーヴはツッコミを入れるのも面倒臭気分だった。 「……いったい、何がどうなっている……?」 対峙している見覚えのない二人の黒い青年、見覚えのある者から無い者まで周囲に倒れている数人の者達……タナトスには現状がさっぱり解らなかった。 「いきなり魔皇……魔眼皇が現れて、魔王も含めて、この場に居た者を全員蹴散らした……そんなところでしょうかね?」 タナトスの疑問に答えてくれたのは、いつのまにか彼女の傍に立っていた翠緑の人物である。 「……えっと……確か……あれ?」 見覚えがあるような、ないような妙な印象の人物だった。 「翠緑の魔王セリュール・ルーツ……大昔の魔界で会いませんでしたか? ネツァクの姿の時は認識されていたか微妙ですが……」 「ああ!」 タナトスは思い出す。 「私を覗こうとした奴だな!?」 「……間違ってはいないですが……それしか印象に残ってないんですね……」 それしかも何も、タナトスにとってはそれだけが全てだった。 お互いの認識にずれがあるのである。 セルの方はネツァクと共にあった時も含めて、タナトスのことを勝手に見守っていたというか、観察していたため、もうかなり互いに馴染みがあるような錯覚を抱いていたのだった。 「……まあ、私のことはいいです……それより、現状について質問があるのではないですか? 良ければ答えて差し上げますよ」 セルにはもう魔皇と戦闘するつもりはない。 魔皇の興味が、ネージュやゼノンといった『同胞』からズレた今、積極的に戦闘する理由はもうないのだ。 だったら、本来のスタイルである観察(傍観)に戻るだけである。 「そうか……では……」 セルは、タナトスに尋ねられるままに、現状までの展開、彼女にとって見覚えのない者について簡単に説明した。 「なるほどな……では、あの『漆』と『玖』は何だ?」 「ガルディア十三騎、漆は七、玖は九……つまり、全員があの怪しげな格好をしていても、誰が誰だか解るための認識ナンバーです」 「ガルディア十三騎か……」 「ナンバーからすると、マントだけしているのが第九騎士、闘神クライド・レイ・レクイエム。完全な黒の正装をしている方が……第七騎士 、蒼穹の魔女アニス……四大騎神の紅一点です」 タナトスには気づきようがないが、実は物凄くわざとらしい紹介である。 なぜなら、セル……正確にはセルの体もまたガルディア十三騎にしてガルディア四大騎神の一人、不動のエルスリードのモノだからだ。 無論、聞かれていないので、そのこと(エルスリードのこと)はタナトスに教えていない。 あくまで他人事、噂で聞いたことがあるとでも言った感じで紹介していたのだった。 「十三騎が二人も……」 驚異を感じるタナトスの反応を見て、セルは楽しげな微笑を浮かべる。 「一見、あなたの反応は至極真っ当に思えますが、驚異や驚愕なら、十三騎以上に、魔皇に感じるべきですよ。彼は魔の頂点とでも言うべき存在ですから……」 そもそも、彼女は魔王であるフィノーラに対しては全然驚異や驚愕を示さずに戦っていたではないか……どうも彼女の感覚はどこかずれているようにセルには思えた。 「いや、どうも魔族の方にはルーファスのせいであまりピンと来ないんだ……十三騎はクリアに仕える者として、その驚異が……触れてはいけない存在としての認識が……」 「なるほど、いつも光の皇と一緒に居たら、それは麻痺するでしょうね、感覚が……」 セルは納得したといった表情を浮かべる。 「ちなみに、クライドには十三騎の一人として以外にも『顔』があります」 「えっ?」 「鬼……それも戦闘を何よりも好む戦鬼『修羅』達を束ねる修羅王……それが魔界での彼の顔……肩書きの一つです」 「修羅王!? クロスが魔術で力を借りることがあるアレか!?」 「ええ、修羅王、夜叉王、羅刹王、彼らは魔王にも劣らぬ魔界の『王』たる存在です。さて、では説明はこれくらいにして、一緒に観戦しましょうか?」 セルは注意をタナトスから、魔皇と修羅王に戻した。 「アニス、手出しは無用だぞ」 十三騎の誇る究極の闘神にして、魔界の修羅王である青年クライドは同僚に釘をさすと、魔皇を宿敵のように睨みつけた。 「ふん、相変わらず身の程弁える奴だ。我に挑みたかったら、先に魔王(雑魚)共でも一掃してみせろ……それが我に挑む最低条件だ」 「貴様こそ勘違いをしている、俺は魔王ごとき倒そうと思えばいつでも倒せた。ただ単に魔王になど興味がなかっただけだ……俺が倒すべきモノは……貴様唯一人だけだからなっ!」 「ほざけ、餓鬼がっ!」 クライドとファージアスは同時に相手に向かって駆けると、互いに右手を突き出す。 拳と拳がぶつかり合い、互いの動きを一瞬静止させた。 明らかにどちらかの拳の威力が劣っていたら、劣っていた方が吹き飛んでいたはずである。 つまり、二人の拳の威力はほぼ互角ということだった。 「ふんっ!」 「はあっ!」 二人はまたしても同時に上段蹴りを放ち、互いの蹴り足が交錯する。 「ちっ!」 「くっ!」 ファージアスとクライドは連続で拳と蹴りを繰り出し続けた。 その全てが互いにぶつかり合い、潰し合う。 「ふん、少しは腕を上げたか? 確かに魔王よりは手応えがあるか?」 「いいからさっさと本気を出したらどうだ? ただの拳や蹴りなんかでこの俺を倒せると思うなっ!」 二人は一際激しく互いの拳をぶつけ合わせると、その反動、衝撃を利用して、互いに間合いをとった。 「ならば受けよ、魔皇のみが放てる暗黒の拳をっ!」 ファージアスの全身から膨大な暗黒闘気と瘴気が溢れ出す。 「光、闇、火、水、風、雷、土、空、聖、魔……」 クライドの全身から白、黒、赤、青、緑、黄、茶、藍、銀、紫……といった数え切れない無数の色の輝きが溢れ、混ざり合いながら彼の右拳に集まっていった。 ファージアスの右拳に全ての暗黒闘気が集束されていく。 「受けよ! この世の全ての力が統合されし、修羅の究極の拳をっ!」 「たわけがっ! 全てを呑み尽くす暗黒を超える力など存在せぬわっ!」 「修羅究極拳!」 「魔皇暗黒拳!」 無数の色が統合され生まれた白光と、汚れない完全な単色である黒光が、まったく同時に互いの拳から解き放たれた。 クライドの放った白光と、ファージアスの放った黒光は、互いの中間でせめぎ合っていた。 威力はまったくの互角、完全な均衡である。 「ほう……ここまで至ったか……」 ファージアスは素直に感嘆した。 「俺は貴様を倒す! 俺はそのために生まれたのだからなっ!」 白光の勢いが増し、僅かに黒光を押していく。 「まだだ、まだまだ足りぬよ、この程度ではなっ!」 ファージアスが腰に引き絞っていた左拳に暗黒が集まりだした。 「なっ!?」 アッという間にファージアスの左拳に大量の暗黒が集束されてしまう。 「詰めが甘いな、餓鬼。一撃必殺もいいが、数手先を読むことも覚えろ!」 ファージアスの左拳から二発目の暗黒拳が撃ち出され、放出され続けていた一発目の暗黒拳と混ざり、より巨大な暗黒拳になると、修羅の白光を『粉砕』した。 「貴様と我では経験が、生きてきた年月が違うのだ。我を超えたいのなら、我の何億倍も充実した年月を過ごすのだな」 「くっ……」 クライドは壁に叩きつけられていた。 「そうしない限り、後から生まれた者は、先に生まれた者を永遠に追い抜くことはできぬ。我らに老いはないのだからな、待っていても席は空かぬぞ」 ファージアスはクライドを見下し、嘲笑う。 「……御高説……痛み入るっ!」 クライドは立ち上がると同時に、ファージアスの懐に飛び込んだ。 「修羅究極拳!」 究極の白光を纏った右拳が限りなき零距離で解き放たれようとする。 「魔皇……」 白光が放たれる直前、ファージアスはクライドの右拳を左掌で受け止めた。 「反響閃(はんきょうせん)!」 ファージアスは、クライドの右拳の突き出す力に逆らわず、左手を引きながら、体を回転させる。 そして、クライドの右拳から放たれた白光を左手で捉えたまま、回転の勢いで左手を裏拳のように放った。 「がっ!?」 クライドは自らが放った白光を、己が腹部に叩き込まれる。 全力で右拳を突きだした瞬間だったので、防御が完全に不可能な上に、拳を突きだした勢いで自ら飛び込む形になってしまい、白光は彼の腹部に深々と打ち込まれた。 「愚か者、自分で自分を殴った気分はどうだ?」 ファージアス自身は何の力も使っていない、ただクライドの修羅究極拳を『曲げて』、クライド本人に叩き返しただけである。 「では、いい加減終わりにするか」 ファージアスは一足でクライドとの間合いを詰めると、右上段回し蹴りでクライドの頭部を蹴り飛ばした。 さらに、吹き飛んでいくクライドを追撃する。 「魔皇……穿月華(せんげっか)!」 ファージアスはクライドの懐に潜り込むと、体中から爆発的に暗黒闘気を放出しながら、クライドをの顎を真上に蹴り上げた。 その姿は、重力を無視した、下から上への垂直の跳び蹴り。 体中から放出され続ける暗黒闘気によって、漆黒の闇の柱と化したファージアスは、暗黒闘気の集束された右足でクライドを蹴り上げながら、天上を貫いていった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |